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2018.2.1

「点す」

温度を失った邸宅に、

ふたたび灯りが点される。

あまたの人の手を借りて、

生命と使命をあたえられた、ともしび。

あたらしい物語が始まった。

 

 

 

・小鍛冶屋時代

2011年、それまで家主のおばあちゃんが一人でお住まいになっていたこの家は、温泉街の真ん中にまるでランドマークのように聳える真っ黒い古民家です。実はここに来るまでには、なんどもこの建物を壊し、駐車場にするプランが出ていました。おばあちゃんが施設に入るのをきっかけに家主のいなくなったこの家を地域団体が借りるという形で、血縁では繋がりのない家族以外の者が使用することをスタートしました。最初は公民館のような寄合の場として使用されていましたが、それではこの場所を維持管理する収益はどこからも出ることはありません。2013年、再び、この場所がなくなるかもしれないという危機に直面した時、この場所をレストランにし、使用していくという提案をしたのがオーナーシェフである熊倉誠之助、そのプランをサポートしたのが地域の観光施設NPO法人いわむろや館長の小倉壮平でした。

 

 

 

・灯りを点す準備

彼らの地域に対する熱い思いを受け、2013年の春にはプロジェクトチームが組まれました。チーム統括として店舗作りに関わったのがプランニングディレクターの山倉あゆみ。コピーライターの横田孝優さんやオーナー熊倉と共に、この場所がこの先どういう場所であるべきかの読み取り作業が行われます。並行して、地域住民や支援者のサポートによる館内の大掃除が行われました。その数、約3回。その都度、軽トラック3往復ほどの粗大ゴミが、この空間から運び出されていき徐々に建物の全貌が見えてきました。

 

 

・小鍛冶屋からKOKAJIYAへ

この場所を作るにあたり、新潟市内近隣のクリエイター20名以上の方々がこのプロジェクトに関わりました。デザイナー、表具屋さん、建築屋さん、ライター、編集者、電気屋さん、金属加工屋さん、家具職人、陶芸家、などなど。それぞれに関わっていただくにあたり、普段なかなか関わることのないであろう古民家再生のこの取り組みの意味を、しっかりお話しさせていただいた上で、各自が思う古民家を通した未来への思いを表現していただきました。

 

 

小さな取り組みです。大した事は出来ません。ただ、出来る精一杯の事を、相談させていただきながら一つ一つしつらえていきました。 古いものが使いづらいなんて誰が決めたんでしょうか。時間経過とともにある美しさはむしろ、作ろうと思っても、作れるものではありません。新しいものを作るのではなく、あるものそのもの、そして、古きを見つめる、そのようなやり取りが丁寧になされていきました。

 

 

・ロゴ

よく見ると、KOKAJIYAの「KOK」の中心部分を切り取った形になっているこちらのロゴは、デザイナーの石川竜太さんに作っていただきました。中心に空いた白い円は、明かり窓、黒い鋳物や、行灯のようなその形は、この取り組みによって地域の足元を照らすようなイメージも伺えます。また、この家の家紋が実は矢羽模様ということもあり、矢羽のような形にも見えますが、この羽のついた矢は、未来と過去とどちらに向かって飛んでいくべきなのかを、その真ん中でしっかり考えるきっかけにもなると良いなと思っています。

 

 

・照明

和室空間のシャンデリアはちょっと変わった形をしています。シェードに使用されているのは、大掃除の時に見つけた火鉢の灰入れの内側と昔のこたつ用に手あぶりとして使った豆炭を入れる木箱。その後、照明デザイナーに相談し、木工作家さんに手直しをお願いして、最後の設置はまちの電気屋さんのおじいちゃんにお願いしました。なんだか素敵な形だけれど、もう、使うことのないこの道具を、私たちはより多くの人に見てもらうため、メインの照明にしつらえました。よくみると、そのシャンデリアの電線は、二階の火鉢だった鉄釜のおしりから伸びています。このしつらえは、設置してくださった電気屋さんのユーモアから生まれました。

 

洋室の鋳物のようなシェード、実はこれ、鋳物に見立てた陶器です。山の向こうの海沿いエリアで陶芸を行う、村木至園さんに作っていただきました。小鍛冶屋のイメージをこんな場所にもしっかり表現しています。

 

 

・鉄

むかしむかし、お隣の弥彦エリアにそびえる弥彦山の神様が新潟に住む私たちの暮らしに教えてくれたのは、米作り、塩作り、そして銅山の使い方だとも言われるのをご存知でしょうか。産業農業と共に、燕三条を筆頭にこの新潟の地で盛んに守られて来た技術の一つに、金属の加工技術があります。本家は鍛冶屋の歴史を持つこの家(分家にあたる)は、地域の愛称で小さいの「小」の字をつけた「小鍛冶屋(こかじや)」と呼ばれていました。そのため、店内の各所にはこの金属を使用したしつらえをたくさん施しました。

 

入ってすぐの空間左手の襖部分は、大きな鉄板で塞がれています。鉄板のすぐ手前にはいつも季節の野の花をしつらえ、ご来店されるお客様をお迎えしています。欠かさずしつらえられた「花から伝わる水の気配や空気」により、誰も動かすことのできない大きな鉄が徐々に錆びてゆき、その情景が、開店から私たちがこの地で過ごした「時間」を、目に見えるものとしてくれています。

 

 

・庭

手前のツルツルと木肌が見えている木は「サルスベリの木」。見上げるとはるか上の方だけに花が咲くこの植物の様から、長い時間、この庭には光が入ってこなかったのだと思われます。と教えてくれたのは加茂の庭師、小川俊彦さん。この場所をレストランに仕上げる際、庭の再生に手をあげてくださいました。すっかり落ち葉の積もった場所を綺麗にすると、そこには様々な表情の石と植物たちが配置されたとても素敵な日本庭園が残っていました。よく見ると、とても貴重な庭石も使用されているとのこと、どうやらkokajiyaの主様は、とてもセンスのある石のコレクターだったらしいのです。

 

オープンまでに地域の皆さんと行った大掃除は合計3回。その際、確かに色や形の不思議な石たちが見つかり、そのほとんどが処分されてしまった様子です。誰かにとって価値あるものかどうかは、その後どこまで誰に大事にされつづけるのでしょうか。 日本の暮らしの美しい文化である「庭」もその一つ。生活空間における「庭」というものは、コミュニケーションスペースとして、とても重要な場所だったとも言います。生活の変化により、庭造りをされる家は減る一方。このような日本庭園を若手の庭師が手がけ、再生する機会もどんどん減っています。みなさんも今一度、記憶の中の「自分の庭」について、ゆっくり思いを巡らせていただけたらと思います。

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